情報を得るコストの中身が変化した ~新聞・テレビを見なくなる心理について(後編)

昨日の続きです。
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5.コストとはお金だけではない

昨年10月、朝日新聞は「SNS・ネットで情報入手の人、内閣支持率高め なぜ?」という記事を掲載し、ネットを批判しています。

件の記事ではネットを使って情報収取する人は、情報を得るためのコストが低いため、社会や政治への意識、関心が高くなく受け身である。そこでは、ネット上で自分の好みのニュースだけを見聞きする「選択的接触」になりがちで、それゆえに意見が合う人たちばかりと交流することになってしまう。そんな環境では、自分の意見が正しいように思えてくる、いわゆる「エコーチェンバー現象(反響室現象)」が発生し、それ故に安倍内閣を支持する人たちと、支持しない人たちとの間で、分断が起きているのではないか、と述べているのですね。

けれども、筆者はこの意見に賛同しません。なぜなら、コストとはお金だけとは限らないからです。

記事では、お金のことだけをコストとして論じていますけれども、コストとは、広義には「何かを得るために支払うもの」であり、金銭以外に時間や心理的なものも含まれます。

こちらのサイトでは、コストの種類として「金銭コスト」「時間コスト」「認知コスト」「肉体コスト」「心理コスト」の5つの種類があるとしています。

この中で、「金銭コスト」はある行動にかかる金銭的費用、「時間コスト」は、ある行動にかかる時間であり、「認知コスト」は「集中」や「理解」といった、ある行動に伴う認知行動に払われるコストとです。

そして、「肉体コスト」とは、ある行動から生じる肉体的な疲労で、「心理コスト」は、ある行動から生じる心理的なストレスと定義しています。

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6.心理コストは完全に主観的なもの

この5つの指標で、ネットとテレビ・新聞を比較してみるとまた違ったものが見えてくるように思います。

まず「金銭コスト」ですけれども、これは言葉通り支払う金銭のことです。新聞は大抵有料ですけれども、ネット、テレビでも無料もあれば有料もあります。テレビだって地上波は無料で垂れ流しですから、ネット情報が須らくテレビ・新聞と比べてコストが安いとはいえません。

次に「時間コスト」ですけれども、単純に、文字数が多かったり、番組時間が長ければ読んだり視たりする時間が掛かりますから、それだけコストを払っていることになります。これは、ネット、テレビ、新聞を問わず短いものもあれば長いものもあり、一概にはいえません。

従って、金銭コスト、時間コストについていえば、新聞・テレビもネットもケースバイケースであり、ネットのコストが安いと言い切るのはちょっと強引だと思います。

では、「認知コスト」はどうかというと、これは情報の密度や質に関わってくる問題です。新聞・テレビは曲がりなりにも文章作成や映像制作を生業とする人たちがつくるものであり、酷く「集中」しなくても「理解」できるように作られているのが一般的です。それこそ、素人が多く集まるネットとは異なる部分であり、新聞・テレビの認知コストは概ね低いといってよいかと思われます。

更に、テレビのバラエティー番組のように流し見しているだけで、何をやっているか理解できるようなものも、認知コストは低いといえます。

また、この認知コストの高低は「肉体コスト」にも関わってきます。

テレビはリモコンを押せばすぐに番組がみれますし、新聞も契約さえすれば、あとは勝手にポストに入れてくれます。一方、ネットはいちいち、本人が情報を自分でとりに行くという労力を払っています。その意味では、新聞・テレビの「肉体コスト」は、ネットよりも低いかもしれません。

このように、金銭コスト、時間コスト、認知コスト、肉体コストの切り口では、必ずしもネットのコストが新聞・テレビのそれよりも安いとは言い切れず、寧ろ、新聞・テレビの方が安くなっているかもしれません。


7.ストレスフリーが好まれる時代

では、最後の「心理コスト」はどうなのか。件のサイトでは、心理コストには「閾値が問題である」「完全に主観的である」の2つの特徴があるとしています。

心理コストは、「ある一線を超えたら心身に影響が出るレベルのストレス」と、その一線を「閾値」と定義しています。つまり、ある一定のボーダーライン(閾値)を超えると、ストレスというコストが発生するということであり、逆にいえば超えない限りにおいてはコストとして見えてこないということです。

けれども、この心理コストの閾値は、客観的に決めることは出来ません。人が何によってストレスを受けるかは人それぞれであり、ストレスに対する耐性の度合いも人それぞれであるからです。つまり心理コストは完全に主観的なものであるということです。

ネットでの情報はユーザーが自分で情報を拾っています。電気代含めたネットを使用する「金銭コスト」は勿論、ユーザーはそこに、労力という名の「時間コスト」と「肉体コスト」を支払っています。そして取得した情報に対し「認知コスト」を支払うことで、拾ってきた情報を自分のものとし、その情報に対し主観的なストレスという「心理コスト」を支払っている訳です。

この中で「心理コスト」以外の4つについては、ネットも新聞・テレビも大差ないことはこれまで述べてきた通りですけれども、ネットとオールドメディアを比べた場合、この心理コストに大きな差があるのではないかと筆者は考えています。

ネットは、自分で自分の好きな情報を拾うことが出来ますから、基本的に「心理コスト」は低くなる傾向があります。なぜなら、誰も労力を払ってまで不快な情報を得ようとは思わないからです。

今の日本はストレス社会である、と言われて久しいですけれども、近年増々それが強くなっていると思います。日本にとって平成という時代は、物理的な戦争こそありませんでしたけれども、経済的は停滞した時代でした。

アジア各国が経済的に台頭する中、日本のGDPは伸びず、派遣社員が登場、増加するなど厳しい労働環境が続いています。「失われた30年」ではないですけれども、それが30年、およそ一世代続いたのです。

経済成長し、未来に希望が持てた時代ならいざ知らず、「夢は正社員になること」なんてCMが登場するくらいです。そんな夢のない時代が30年も続いて、ストレスが溜らない訳がありません。

つまり、今の日本社会はストレスが全体的に底上げされているような状態であり、ストレスが「心理コスト」として知覚されるまでの"マージン"が極端にまで無くなっているのではないかと思うのですね。日常生活のストレスで、コップに水が溜まって今にも溢れそうになっている。

だから、人々は余計に「ストレスフリー」なものを求めるようになる。これ以上ストレスを抱えてしまったら、生きていけなくなるかもしれないと本能で察知しているからです。


8.テレビや新聞はネットの心理コストに勝てない

けれども、おそらくは、今の新聞・テレビといったオールドメディアの「心理コスト」はネットに比べて極端に高くなっているのだろうと思います。それは、先に取り上げた世耕幹事長へ切り貼り報道に見られるような、一定の角度をつけた報道であったり、朝日慰安婦報道など、報道そのものにストレス要因が多分に含まれているケースも含まれます。

勿論、自分の気に入らない知識や情報であっても、触れておくべきであるという意見もあるでしょうし、それは理解できます。先に取り上げた、朝日の記事のように、オールドメディアはこの論を振りかざし、だから民衆の意識は低いんだと上から目線で語るケースも見受けられます。

けれども、偏向報道や捏造報道はそれ以前の問題です。間違った情報、役に立たない情報を聞かせるのですから、言葉は悪いですけれども、ガラクタの情報に過ぎません。

勿論、オールドメディアの報道にも、偏向や捏造でない情報もありますし、それが有益な情報である時もあるでしょう。ただ、その時でもそれが有益かそうでないかは受け取る人によって違うことは言うまでもありません。

仮に、ある人にとって、不快な情報であったとしても、それを受け取ることがあるとすれば、やはり、その不快さを上回るメリットがあるときです。その情報や見解、見識が有用で説得力があり、示唆に富んでいるような報道です。たとえ一時的に不快感という値の張る「心理コスト」を払ったとしても、それを上回るメリットを感じさせる報道。そうしたものです。

翻って、今の新聞・テレビ報道を見ると、世耕幹事長の例を挙げるまでもなく、切り貼りなど報道そのものの信頼性に掛けたり、桜を見る会騒ぎのように、報道する価値自体低いのに、アベガ-を連呼するなど、やたらストレス成分の多い"ガラクタ"の報道だったりする訳です。

報じられてから、偏向ではないか、切り貼りではないかと指摘され、手にした情報がガラクタだったと分かった途端、その情報を得る為に支払った金銭、時間、認知、肉体コストが無駄になるだけなく、ストレスという形で「心理コスト」も払う訳です。

要するに、報道内容の価値に比べて、その報道に支払う「心理コスト」があまりにも高くなっている。これが問題なのだと思います。

読者や視聴者もそれを分かっているから、わざわざ高い「心理コスト」を払ってまで読もうとしない。それだけのメリットがないと知られてしまっている。そうした現実があるのではないかと思うのですね。

ですから、ここ数年で「日本のココがすごい」番組とか「日本好き外国人」の番組が急増しているのも理由なきことではないと思います。

また、小説・漫画の世界でも、俺TUEEEとか異世界無双といったいわゆる「なろう系」の話が大流行りしているのも、やはり日本社会全体に拡がり、底上げされているストレスが影響しているように思えてなりません。

そんな社会では、もはや「心理コスト」が高いオールドメディアを見る余裕などありません。もっと「心理コスト」の低いものが好まれるのは必然だといえます。

その観点で見れば、ネットはその双方向性によって、一つの報道や情報について様々な検証や意見が加えられていきます。間違いがあれば、指摘、訂正され、一つの角度からだけの意見ではなくなっていくのですね。

つまり、情報に検証が加えられている分、オールドメディアより「心理コスト」が低くなっている。たとえ自分と合わない意見であったとしても、検証されているゆえに、切り貼りはやり難いし、一つの角度しかないこともない。そうした安心感がある訳です。

ここがネット・SNSとオールドメディアとの一番の違いだと思います。

もはや既存マスコミは自らの報道の「心理コスト」がどれくらい高くなっているのか。それを上回る価値のある情報を提供しているのか。報道した内容についてきちんと検証して責任を取っているのか。そうしたことに向き合っていかなければ、今後生き残っていくことは難しいのではないかと思いますね。

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