大村知事のダブスタを炙り出した「あいちトリカエナハーレ」 ~ヘイトスピーチと表現の自由(前編)~

今日はこの話題です。今日明日で前後編でエントリーします。
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1.あいちトリカエナハーレ2019「表現の自由展」

10月29日、愛知県の大村秀章知事は、愛知県名古屋市東区の施設「ウィルあいち」で27日に開かれた「日本人のための芸術祭 あいちトリカエナハーレ2019『表現の自由展』」について、「内容からして明確にヘイトに当たると言わざるを得ない……法的手段が講じられるのかも含めて検討するよう指示した」と催しを開いた政治団体への法的措置も視野に対応を考える方針も明らかにしました。

ウィルあいちを含む県の各施設の利用要領には、「不当な差別的言動が行われるおそれ」がある場合には利用を不許可とする条項があるのですけれども、施設側は「あいちトリカエナハーレ」の開催に辺り、事前に確認したところ、「ヘイトスピーチは行わない」と答えたため、施設使用を許可していました。

「あいちトリカエナハーレ」開催当日には、市民団体などが施設側に中止を申し入れたのですけれども、施設側は「中止を判断できない」として応じませんでした。大村知事はこの対応について、「分かった時点で中止を指示すべきだった」と述べています。

つまり、大村知事は施設の利用要領を楯にして、中止すべきだとした訳です。



2.利用規約を基にすることは恣意的規制に繋がる

この県施設の利用要領にある「不当な差別的言動が行われるおそれ」がある場合には利用を不許可とする条項については、弁護士の山口貴士氏が法的観点から次のようにツイートしています
利用規約は行政/施設が一方的に制定できるものなので、利用規約に記載があれば、規制OKというロジックだと、行政/施設が恣意的に表現の自由・集会の自由を規制出来てしまいます。

そこで、地方自治法244条は地方自治法244条2項「普通地方公共団体(次条第3項に規定する指定管理者を含む。次項において同じ。)次項において、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない。」、同3項「普通地方公共団体は、住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならない」というルールを定めて利用規約もその範囲を逸脱しないように定めています。

その上で、最高裁はその判例において、244条の解釈(244条を具体化した条例の解釈)として「集会の目的や集会を主催する団体の性格そのものを理由として、使用を許可せず、あるいは不当に差別的に取り扱うことは許されない」と明確に判断をしているので、施設の定めた利用規約ごときで憲法上の人権である表現の自由、集会の自由に対する規制は出来ないし、日本人のための芸術祭あいちトリカエナハーレ2019『表現の自由展』に施設を利用することも拒否できないという結論になる訳です。分かり易いでしょ?
このように、施設が一方的に制定できる利用規約を振りかざして規制することは恣意的に表現の自由・集会の自由を規制することになるとして拒否できないとしています。

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3.事前に規制は出来ない

また、全国初のヘイトスピーチ規制条例を制定した大阪市で、その制定に関わった橋本徹氏は、条例制定過程で議論を重ね、「たとえヘイトスピーチの集会である疑いがあっても、事前に区民ホールの利用を禁止するわけにはいかないという結論に至った」と述べています。

その理由は、「内容」による判断基準が不明確なまま事前に禁じることを認めれば、何も問題ない表現まで禁じられる危険性が出てくることになり、場合によっては時の政治権力が、自分たちに都合の悪い表現行為を「ヘイト」として禁じてしまう恐れも出てくるからで、それゆえに大阪市のヘイトスピーチ規制条例は、「内容」による事前判断はできないとして、たとえヘイトの疑いがあろうとも、事前に区民ホール利用などを禁じることはしないとしています。

その代わり、ヘイトの表現行為であれば審議会の審査によって事後的にヘイト認定し、公表することにしたとしているのですね。

大村知事は「あいちトリカエナハーレ」について、「分かった時点で中止を指示すべきだった」と、述べていますけれども、もしも事前に分かったとして、それを元に中止を指示することを意味するのであれば、それは、内容によってヘイトかどうかを判断したことになり、橋本氏の言葉を借りれば「時の政治権力が、自分たちに都合の悪い表現行為を『ヘイト』として禁じてしまう」ことになります。これは検閲そのものです。

大村知事が「あいちトリカエナハーレ」を「内容からして明確にヘイトに当たる」というのであれば、提訴の前に具体的にどこがどうヘイトになるのかを審査して公に公開すべきだと思いますね。


4.意外と芸術作品だった「あいちトリカエナハーレ」

では、実際の「あいちトリカエナハーレ」の展示はどうだったのかというと、こちらブログでは、実際の「あいちトリカエナハーレ」の展示物が意外と芸術作品だったと紹介しています。

見る人がみれば、明らかに「あいちトリエンナーレ、表現の不自由展」のパロディ、またはカウンターだと分かるものばかりです。

「あいちトリカエナハーレ」を主催した日本第一党の桜井誠氏は展示について「私はチマチョゴリを着てライダイハンの説明をしただけで、ヘイトなんて全くやっていない……かるたは売っている物。それがヘイトというのは検閲じゃないですか」と意見を表明していますけれども、大村知事はこれらがヘイトだというのなら、その根拠を提示すべきですし、同時に「あいちトリエンナーレ、表現の不自由展」がヘイトでないという根拠も示すべきです。

こうした大村知事の発言については当然ながら「ダブルスタンダード」だという批判が集まっています。

大和大学政治経済学部専任講師の岩田温氏は、表現の自由には制限が必要であり、この種の展示が公共の施設で開催されることには明確に反対だとして上で、大村知事に対し次のように述べています。
日本国の象徴である天皇陛下の祖父、昭和天皇の写真をバーナーで焼いて、灰を足で踏み付ける映像作品や、特攻隊を侮辱するように感じる作品などが公開され、多くの国民が憤っていた「表現の不自由展」に関しては、「表現の自由」だと主張していたのは貴殿ではないか。

今回のヘイトスピーチを含む展示会を「表現の自由」と認めないのは、ダブルスタンダード、いかにも矛盾した態度ではないか。

自由を最大限尊重する米国では、ヘイトスピーチまでもが規制されていない。誰かに危害を加えるような言動でなければ、全ての表現が認められるという。

だが、過度の「表現の自由」は人々を深く傷つけ、社会に混乱と分断をもたらす。米国内に大きな分断をもたらした1つの原因が「表現の自由の濫用」とも考えられよう。表現の自由に当たるか否かについて判断する際に、重要なのは常識というものだ。法ではなく常識に基づいて判断がなされるのが文明国というものだろう。

京都造形芸術大大学院学術研究センター所長を務める浅田彰氏が「誰も傷つけない表現には、ほとんど意味がない」と主張したと報じられていた。一体、今回の件では、どのような発信をするのか。確かに、今回の展示会で、在日朝鮮人や韓国籍の方々は傷つくだろう。だが、「誰かが傷つくのが芸術なのだ」という詭弁を弄すれば、これも芸術であり、「表現の自由」ということになってしまう。

事の発端は、大村氏が「表現の自由」の名の下で、日本国の象徴だった昭和天皇の写真を焼き、踏みにじるような「作品」の展示を認めたことだ。ヘイトスピーチを含む展示を「表現の自由」と認めないのであれば、すべての表現の自由が認められるわけではないことを認めるべきだ。

そのうえで、「表現の不自由展」の再開は誤りであったことを認め、日本国民に謝罪すべきであろう。
筆者も岩田温氏と同じく、表現の自由には制限が必要であり、トリエンナーレもトリカエナハーレもどっちも駄目だと思いますけれども、大村知事がダブスタをしている事については、まったくその通りだと思いますね。


明日につづきます。

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この記事へのコメント

  • 匿名希望

    表現と言う言葉を個々が勝手に有る一定の分野にだけに無意識の内に適用させて論じている様に私には感じるのですが、錯覚なのでしょうかね。
    喜怒哀楽はもちろん人(動植物も)は生きている限り表現の連続では無いでしょうか、何処までも自由などと言う発想は憲法要らない、常識要らないと言っているのと同じでは無いかと思うのです。
    ミサイル発射に歓喜しているキム委員長の画にも芸術性は認められますよね、戦争、侵略行為自体表現と言えるのだと思います、心の中では何を思っていても自由ですが外に出すときは良く咀嚼してから出しましょうねと言う事だと思います、歯の悪い人は咀嚼が不自由ですが。
    2019年11月05日 10:27
  • ばる

    「表現の不自由展その後」は撮影制限、トリカエナハーレはSNS拡散歓迎というあたりで支持獲得競争という視点では勝負がついていますが、内容的にはどちらもOK派です。
    ただし、トリカエナハーレが私費による私的イベントであったのに対して、トリエンナーレは公的資金補助が申請された公的イベントであった点で「表現の不自由展その後」には問題があると思います。具体的には申請内容との齟齬という点です。これについては補助金交付撤回と報じられています。
    補助金にたかるゲージュツカなど馬鹿にされてもしかたない。芸術を名乗るなら私財を投じてなんぼでしょうし、今後も私費で開催する分にはどちらもどんどんやってくれて構いません。
    ただし、施設利用の申請を受けた際には、警備計画も確認して不備があるなら指導した方がよいと思います。

    2019年11月09日 16:50