放送法改革は既得権益を打ち破るか

 
今日はこの話題です。

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安倍政権が検討を進めている放送制度改革案について、民放各社は反対の声を挙げています。

3月28日、TBSの武田信二社長は記者会見で、「戦後六十数年続いてきたNHKと民放の二元体制という日本の放送界を壊すというか、否定するものであるならば、当然私も反対だ」と述べ、規制改革の柱であるテレビ・ラジオ局の放送事業とインターネットなど通信事業の垣根をなくすことについて「抜本的改革の方向性が違うのではないか」と懸念を示しました。

また、フジテレビの宮内正喜社長は30日の定例会見で「民間放送の根幹を脅かすような法改正がなされるのであれば、断固として反対しなければならない」と指摘しています。

けれども、不思議なのは彼らのコメントは既存放送の体制を揺るがす改革は許さない、というばかりで視聴者のメリットに関する発言がないことです。

27日、テレビ朝日の早河洋会長兼CEOは「報道を見て『NHK以外は不要』という見出しもあって、民放は不要とも捉えられる。正直、驚いている。これまでの歴史を踏まえた丁寧な議論をお願いしたい……1953年からNHKとの二元体制で文化を支えてきた。報道機関としても、公共的役割を担ってきた自負もある……規制を撤廃して目に余る暴力や、外国資本の参入による社会不安など、視聴者から拒否反応もあると思う」とし、更に規制が撤廃された場合について、個人的な考えと断った上で「そんなに参入する企業があるのかな。五十数年の歴史で膨大な投資をしてきたし、公共的使命もある。意外に営業費用のかかるビジネスですから」と述べています。

まぁ、自負を持つのは結構ですけれども、それと公共的使命をきちんと果たしているかどうかは別の話です。視聴者からの拒否反応がある、だとか、参入企業はそんなにないだろう、とは見てきたような事をいう前に、視聴者の声を何処まで聞いていますか、と逆に問いたくなります。

森友報道をみても分かるとおり、公共的使命を果たしているのか疑問の目で見られているのが現実です。人民裁判な報道をすることが公共的役割というのであれば、それは間違っています。

クレームがテレビ局の視聴者窓口を通り越し、スポンサーに直接入っている現状が何よりそれを物語っています。視聴者は自分達の声を無視されていると感じているのですね。

これに対し、29日、テレビ東京の小孫茂社長は「規制緩和を通じて競争力を増そうという産業と、それを支えるメディアをどう成長させるかの議論がごちゃまぜになっている気がします。国民の皆さんの生活にかなり身近な話なので、ユーザーに与えるメリット、デメリットを相当、丁寧に分析して進めるべきものであり、そうなると期待しています」と述べ、「丁寧かつ慎重に議論すべき課題と思っている。私たち民放もその議論に参画していくべきですが、もしも民放不要という考えあるなら『えっ、それはどういうこと?』と言いたくなる。とにかく、視聴者のメリットになるのであれば、我々民放も新しい提案をするチャンスが広がるということ。それが現状で言えることかなと思っています」とコメントしています。

テレビ東京の小孫社長は、きちんと視聴者に対するメリット、デメリットを分析して議論に参画し、視聴者のメリットになるのであれば民放からも新しい提案をすべきだ、という至極真っ当かつバランスの取れた意見だと思いますね。

平たくいえば、視聴者、あるいは国民はマスコミが自分達にだけ都合のよいダブルスタンダードに嫌気がさしているのです。地上波とネットとの間で意見の乖離が相当ある。

放送法改革で地上波とネットとの垣根がなくなれば、その乖離も緩和されていくものと思われます。何よりネットの持つ「双方向性」は視聴者とコンテンツの制作側との距離をうんと縮めるでしょう。

CMにしても、あらたな改革が行われる可能性だってあります。たとえば、ネットでは当たり前ですけれども、各ユーザーが何を視聴しているのかを分析した上で、それに沿った商品のCMを集中的に流すことだって出来ると思いますね。

そうなればスポンサーをつけて、番組を作るといったスタイルとは別の広告スタイルが生まれるかもしれない。

年を追うごとにネット世代は増え、ネットコンテンツの視聴が当たり前になりつつあります。

マスコミも既得権益を守るだけでは、抵抗勢力として時代の波に飲み込まれていくかもしれないことも頭にいれておいても良いと思いますね。
 

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