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help RSS 日本ブランドと平和の駅(麻生外交について 最終回)

<<   作成日時 : 2009/03/15 10:00   >>

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 「給水車に子供の憧れるサッカー選手「キャプテン翼」を乗せたらどうだ?」

イラクはサマワの復興支援で、全然目立ってなかった日本の給水車をなんとかアピールしようと、キャプテン翼(現地ではキャプテン・マージド)のステッカーを貼ったところ、大人気になった有名な話がある。

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そして、「キャプテン・マージド」が描かれた給水車は、現地で一台も被害に遭うことがなかった。これは特筆すべきこと。これこそ日本のソフトパワーが発揮された姿。

これまで土下座外交だの、ODAバラマキなど散々揶揄されてきた日本外交だけれど、戦後60年、少なくとも外国に対して悪いことはしなかった、という事実とその積み重ねが今日の日本のイメージを形づくっていることだけは言える。

だから、日本製のものには一種の平和イメージ、所謂「徳」みたいなのがあって、それを攻撃することは、攻撃したほうが悪いという後ろめたさがなんとなくあるのではないか。

自衛隊は、イラク復興支援で現地の人々の中に飛び込んで真心の篭った支援活動をする姿勢を見せた。それが地元民の信頼と感謝を勝ち得る原動力になった。

そうした現地の伝統文化を尊重するという極めて日本的なやり方は、サマワで歓迎され受け入れられた。ある有力な部族長は「日本軍を攻撃したら一族郎党を征伐する」とまで布告したという。

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このやり方をアフガン新幹線でも応用すればいい。

たとえば、イスラムの人達のために、食堂車ならぬ「イスラムお祈り専用車」と作るとか、医者と看護婦を乗せて簡単な診察ができる「医療専用車」とかを作って新幹線の車両として連結すればいい。

また、それこそ新幹線の車体に「キャプテン翼」をペインティングしたっていい。とにかく現地の人々の利便性を最大限にすることを優先してアフガン新幹線をつくることがポイント。

イスラムお祈り専用車を連結したアフガン新幹線ならゲリラも攻撃しにくいだろうと考えるのは、楽観的に過ぎるだろうか。

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更に、アフガン新幹線の駅には、治安維持部隊や国境無き医師団に駐留して貰う手もあるだろうし、支援物資を集めた臨時キャンプを併設したっていい。人や物資の移動が活発になれば、そこで商売も始まるだろうし、駅の収益は現地の人に還元するようにすれば、雇用だって生まれてくるだろう。

新幹線なら軍事物資も大量に輸送できるし、必要とあらば陸軍を展開することだってできる。

もしもアフガン新幹線を作ることができたとすると、その駅を中心とした治安が維持された平和な空間が出現する可能性がある。

アフガニスタンを走る新幹線と点在する日本ブランドの「平和の駅」。日本らしい国際貢献ではないかと思う。


本シリーズエントリー記事一覧
麻生外交ついて その1 「世界の総理」
麻生外交ついて その2 「新幹線外交」
麻生外交ついて その3 「正確さという富」
麻生外交ついて その4 「アフガン新幹線」
麻生外交ついて 最終回 「日本ブランドと平和の駅」


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画像在サマーワ連絡事務所より サマーワ「キャプテン翼」大作戦 −給水車が配る夢と希望− 平成16年12月 在サマーワ外務省事務所 江端康行


1−1.日本とサマーワの架け橋

「殺風景な町だなぁ」

 これが初めてサマーワ市を訪れた時の印象でした。ユーフラテス川を挟んで南北に伸びる町並みは全体が土色で、町の中心に陣取る巨大な貯水タンク(故障中ですが)が目を惹く以外、これといってワクワクするようなものがあるわけではありません。私は日本の陸上自衛隊の宿営地にある在サマーワ外務省事務所で経済協力の仕事を担当していますが、ここで復興支援のお手伝いをするのなら、その中で何か日本とサマーワの架け橋となるようなことをしてみたいと思っていました。非常に漠然とではありますが、折角やるのなら何か楽しいこと、面白いこと、そして、血が通った活動ができないだろうかと考えていました。
 私はこれまで携わってきた仕事の中で、小泉総理のチェコ訪問にロボット親善大使「ASIMO」を同行させたり、東京で行った西バルカン平和定着・経済発展閣僚会合にサッカー・元ユーゴ代表のピクシー(注)を呼んだりとちょっと変わったこと(=面白いこと)を手がけてきましたので、ここサマーワでも日本とイラクを結ぶ「架け橋」として、人々の印象に残ることを出来るのではないかという気がしていました。

(注)名古屋グランパスで8年間プレーしたストイコビッチ選手。元ユーゴスラビア・サッカー・チーム代表で、現在はセルビア・サッカー協会会長



1−2.4つのキーワード

 そんな中、4つの発見がありました。これら4つのキーワードが1つに繋がり、頭の中である企画が浮かび上がりました。どんな企画でもそうですが、実行性はさておき、キーワードが1つに繋がった瞬間はとてもワクワクするものです。さて、その4つのキーワードとは何だったのでしょうか。

(1)子供たち

 まずは、「子供たち」です。イラク側との協議や現地調査のため宿営地から毎日サマーワ市内や地方に出かけるのですが、そんな時、日本の車が通りかかると子供たちは必ず一斉に手を振ってくれるのです。これは非常に驚きであり、感動的でもありました。幾分、珍しさもあるのでしょうが、子供たちは一生懸命に手を振り、車を追いかけてきます。サッカーしている子供たちでさえ足を止め、手を振ってくれます。その姿は常に大きな力とエネルギーを与えてくれます。まるで、「がんばれ!ヤーバーニ(ニッポン)!」と背中を押されるようで、どんな疲れも吹き飛んでしまいます。この子供たちに何かお返しをしたい、そして、励ましたい、元気づけたい、そのために子供がワクワクするようなことが出来ないか、そんな思いが強くなりました。

(2)サッカー

 二つ目は「サッカー」です。イラクは子供からお年寄りまで誰もがサッカー好きです。イラクのサッカーはとても力強く、アテネ五輪での大活躍は記憶に新しいところです。イラク国民はサッカーを誇りにしています。子供たちは気温が50度を超える炎天下の中でも元気に砂漠の中でボールを蹴っています。そんな姿を見るにつれ、サッカーを絡めたことをやりたいと思いました(因みに、陸上自衛隊と外務省(私だけですが)によるサッカーチームが結成され、サマーワの少年チームとの定期戦が行われています)。

(3)給水車

 三つ目は給水車です。給水車はサマーワのあるムサンナー県の隅々まで回って水を配ります。言わば動く広告塔のようなものです。日本も既に12台の給水車を供与していましたが、どうも目立っていません。一方で、オランダ軍が供与した給水車にはでかでかと「WATER」の文字とオランダ国旗。嫌でも目に付きます。しかも、その給水車の中身は日本の宿営地で陸上自衛隊の皆さんが作っている「おいしい日本の水」なのですから、サマーワで経済協力を担当している者としては、ちょっと面白くありません。給水車をもっと活用すべきだろうと思いました。

(4)キャプテン・マージド

 最後に出会ったのが、「キャプテン・マージド」です。イラク人スタッフと雑談していた時でした。いつものようにサッカーの話で盛り上がっていると、アラブのキャプテン・マージドが話題になりました。よくよく聞いてみると、それは何と日本の「キャプテン翼」のことではありませんか。しかも、イラク人の大多数は翼君が日本人であることを知らない!アラブのマージド君だと思っている!これには驚きました。その瞬間、私の頭の中で4つの点が一つの線で繋がりました。
 「給水車に子供の憧れるサッカー選手「キャプテン翼」を乗せたらどうだ?」


2−1.ロード・トゥ・ウィング

 「これはいける!」と思わず膝を叩きました。丁度、日本のODAで給水車26台がムサンナー県水道局に供与されることが決まっていましたので、その給水車にキャプテン翼をペイントして走らせれば、どんなに子供たちは喜ぶだろうか。早速、企画書を作り東京に打電します。その時は、どうやって給水車に翼君をペイントするか、キャラクター肖像権をどうするか、そんな細かいことはあまり気にしていませんでした。とにかく、ムサンナー県の子供たちをあっと言わせてやろう、それだけしか考えていませんでした。ただ、私は1ヶ月ごとにサマーワと東京を往復して勤務していますので、東京に帰ってから直接企画を進められるだろうと楽観的に考えており、帰国するのを待ちわびていました。

(1)キャラクター肖像権

 まず企画の前に立ちはだかったのが「キャラクター肖像権」です。漫画やアニメのキャラクターには肖像権という権利があり、権利を持っている人や会社の了承なしには勝手に使うことは出来ません。誰が許可を持っていて誰の許可を得たらいいのか、これが問題です。どうやって調べようかと思っていたところ、幸運が舞い込みました。帰国する前に夕食を共にした在クウェート日本大使館の高橋参事官夫妻に「キャプテン翼」計画の話をしたところ、高橋夫妻が集英社の「少年ジャンプ」(キャプテン翼が連載されていた)の関係者と知り合いで、この企画を集英社に繋いでくれることとなったのです。帰国すると早速、集英社のライツ事業部というキャラクター肖像権を管理している部署に赴き、日本が供与する給水車にイラクで大人気のキャプテン翼を使わせてもらいたいとお願いをしました。
 イラクの子供たちが喜ぶのなら、きっと集英社も二つ返事で引き受けてくれるだろう、そう思っていのは大間違いでした。イラクへの陸上自衛隊の派遣にキャプテン翼を協力させていると見られるのではないか、社内は大激論となったそうです。集英社が結論を出すまでの間、時間だけが無情に過ぎていきます。
 そして、1週間。集英社の担当の方から、「高橋先生の意見も伺って相談した結果、お受けしたいと思います」との返事がありました。最終的に、イラクの子供達やサッカー交流のためにODAに協力することは良いことではないか、との判断があったようです。
道は開けた!頭の中にしかなかったプロジェクトが音を立てて動き出した瞬間でした。

(2)塗装ステッカー

 肖像権の許可は出ましたが、次の問題はどのように給水車にキャプテン翼をペイントするか、です。まさか、高橋陽一さんにイラクに行って描いてもらうことなど不可能ですし、そもそも現状では一般の民間人がイラクに入ることすら出来ませんから方法は極めて限定されます。そこで目に付いたのが山手線です。日頃目にする山手線ですが、最近は車体にカラフルな塗装がなされています。実はあれはペイントされたものではなく、塗装ステッカーと呼ばれるものだということを何かで読んだ記憶がありました。そこで、塗装ステッカーの会社を当たってみることにしました。
 しかし、気温が50度以上にもなるサマーワですから、日本では考えられないような強度が必要とされます。また、給水車は縦2m×横6mの大きさですから、ステッカーも大きなものでなければいけません。色々な会社に連絡をしましたが、なかなか条件を満たす会社がありません。いくつもの会社に断られ、また、条件は満たしていても価格が折り合わなかったりもしました。そんな中、ようやく引き受けてくれる印刷会社が見つかりました。

(3)ステッカーの貼付

 ステッカーの大きさは縦1.5m×横2mという大きさです。それを貼るのは普通職人さんです。しかし、職人さんにイラクへ行ってもらうことは出来ません。結局、私が自ら貼り方を覚え、サマーワの陸上自衛隊と協力して貼ることとなりました。印刷会社の方々は非常に親身に協力してくださり、十人くらいのスタッフの方と共に素人にも貼り易い方法を一から研究しました。私も実地に2枚ほどのステッカーを貼らせてもらいました。思った以上に難しく、空気が入ってしまいます。どうしたら空気を入れないように簡単に貼れるのか、改良が加えられていきました。4〜5時間の試行錯誤の末、ようやく「サマーワ式」貼付方法が完成しました。
 同時にステッカーは急ピッチで製作され、私が次にサマーワへ出発するまでに完成されることとなりました。



2−2.チーム翼

 9月末。苦心の末にようやくステッカーが完成しました。白地に堂々たる翼君。その横には、若林君、岬君、石崎君等南葛FCの面々。素晴らしい仕上がりです。これならイラクの子供たちにも胸を張って見せられます。このステッカーを作るために力を貸してくださった実に多くの方々に感謝しつつ、日本を後にしました。私の手にはずっしりと重い翼ステッカーが握られています。
 サマーワの宿営地に着くや、陸上自衛隊の方にお願いし、塗装ステッカー貼付のための特別チームを編成して頂きました。名前は「チーム翼」。早速、ミーティングを行い、貼付方法の説明を行いました。チームの皆さんはとても真剣に説明に耳を傾けていました。ムサンナー県水道局に給水車を引き渡す日取りも決まり、準備万端と行きたいところですが、給水車がなかなか到着しないという事態が発生しました。ようやく給水車3台が到着したのが、供与式の5日前でした。時間がありません。急いでステッカーを貼らねばいけません。しかし、給水車の表面は長旅のせいか土埃で汚れきっていました。巨大な20tタンカー3台を洗わねばなりません。これが本当にやっかいな仕事で、腰痛持ちの私は腰が痛くてたまりませんでした。まさか、この年になって20tタンカーの洗車をするとは思ってもみませんでした。しかし、苦労の甲斐もあって、給水車はピカピカになりました。これで貼付作業に進めます。
 さすがは精鋭部隊「チーム翼」。皆さん、とにかく手先が器用でした。メンバーの中に以前車に塗装ステッカーを貼ったことがあるという奇特な人もいて、作業は次から次へと進んでいきます。最初の1枚を私が中心となって貼った後は、もうそれぞれの小チームに分かれて同時並行的に貼れるようになっていました。4時間程で作業は完了し、真っ白な給水車にキャプテン翼が浮き上がりました。丁度、日が沈みかけている時で、夕日に染まる翼君の勇姿に何か込み上げてくるものを感じました。



3−1.供与式

 10月22日、キャプテン翼の給水車を供与する式典が行われました。この給水車を真っ先に子供たちに見せてあげたかったので、サマーワ・サッカー・スクールという以前私たちとも試合をしたことのある少年クラブチームを招待しました。宿営地に設けられた会場には大きな布で覆われた給水車が一台置かれ、序幕式を待っています。実は除幕式に使う大きな布がなかったので、この布は、前日に他の所員とも協力してシーツをホチキスで張り合わせた間に合わせのものでしたが、仕上がりは上々でした。あいにく、その日は朝からの強風。幕は急遽ロープで繋ぎ止められ、吹き飛ぶのを必至で堪えなければなりません。
 さて、いよいよ除幕式の開始です。少年チームの代表アリ君が日本語とアラビア語を混ぜて、「3、2、1、アルファ(開け)!」と掛け声をかけると、白い布はスルスルと落ち、そこからキャプテン翼が現れました。この瞬間、子供たちの顔が一斉に輝き、会場は歓声で包まれました。その声を聞きながら、あぁ、良かったなぁと何ともいえない充実感を覚えました。
 式典の後、少年チームとの試合が行われ、4対4の引き分けという非常に良い結果で無事全ての行事が終わりました。



3−2.これからの翼

 今後、これから来年の1月までにかけ給水車26台全てにキャプテン翼が施され、それらの給水車によってムサンナー県全域に水が配られます。既にサマーワの町では元気よく水を運ぶ「翼君」の姿を見ることが出来ます。これら1台1台の給水車がムサンナー県の人々に水を届けることは勿論なのですが、水だけではなく、キャプテン翼を通じて、子供たちに夢や希望を運んでくれるものと期待しています。キャプテン翼が多くの子供たちを励まし、元気づけることが出来れば、こんなにうれしいことはありません。一日も早くイラクが復興し、ムサンナー県を始め、イラク中の子供たちに笑顔が戻ること、そして、その子供たちが素晴らしいイラクの将来を担ってくれることを祈っております。そのためにも微力ではありますが、これからも私に今出来ることを一つずつ丁寧にやっていきたいと思います。

(おわり)


URL:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/iraq/renraku_j_0412a.html



画像2004.1.21 「仕事をくれれば、われわれが自衛隊を警護してやろう」とサマワの族長がいった 〜お金をだす以外に日本の役割はないという世界の現実の前で〜

お金だけでなく汗を流す貢献をしないと国際社会から信用されないと首相が大見得を切って派遣した自衛隊だった。しかし、20日のNHKニュースでサマワの地元族長たちが記者のインタビューに答えて語ったことは、「仕事を持ってきてくれ、そうしたらこちらが自衛隊を警護してあげよう」という歓迎の言葉だった。

思わず吹き出してしまった。期待通りと言うべきか、あるいは期待に反してというべきか、自衛隊はまともな軍隊とは思われていないようだ。過去60年間戦闘したことのない自衛隊など、戦乱の中で武装集団化した部族集団の族長からみれば、軍隊と言うよりも日本企業かあるいはJICAのエージェントだと思われるのがむしろ自然というものだろう。

こういう成り行きだと、きっとそのうち、地元の期待に応えてとかなんとかいうもっともらしい理由で、サマワでも、バラ撒き行政が始まるかもしれない。もともと日本のお役所のことだから、道路とか区画整理事業とか○○文化センターなんかお手の物であろう。自衛隊の派遣予算がサマワの公共事業の財源になったりして、何をしにいったのかまるで分からないグジャグジャの状態に突き進んでいくのかもしれない。

湾岸戦争のときも、日本の役割はアメリカのお財布係だった。そして、今回も地元から仕事、つまり、お金を持ってくることを期待されている。アメリカ政府も、イラク市民も、結局、日本にはお金しか期待していないということだろう。なんとリアリスティックな認識であろうか。お金を出せばゲリラから守ってもくれるそうなのだから笑ってしまう。

自衛隊を軍隊として相手にしてくれているのは、ひょっとするとテロリストだけなのかも知れない。いや、それも怪しい。ひょっとすると、テロリストから金銭要求がすでに届いているのかも知れない。「攻撃されたくなければ金を出せ」などというメッセージが届いているのではかろうか。例の外務省機密費を使って、すでに金銭で裏取引が成立しているかも知れない。あの自民党政府のやることだから、そういう勘ぐりも十分真実味を帯びて来るではないか。

戦後、営々としてこの国の庶民たちがため込んだ黒字をこうして世界中の問題児たちのためにバラバラと蕩尽させていくのが、この国の政治指導者とお役人(自衛隊も含めて)のお仕事なのであろう。笑止である。

URL:http://www.asahi-net.or.jp/~CR1H-YMNK/04120column.html



画像「自衛隊警備に5百人動員」サマワ宿営地地主の族長表明

 イラク南部サマワの陸上自衛隊宿営予定地を所有するドラウシャ族の族長ジャビル・チシール氏は28日、「自衛隊を警護するため、我々の部族から500人を動員する」と先遣隊長の佐藤正久1佐に伝えた。

 ドラウシャ族は、サマワ最大のアルジアド部族を構成する六つの族の一つ。部族社会の強固なネットワークが今も生きるサマワでは、有力部族の協力は安全を確保するうえで重要なカギになる。

 チシール氏は同日朝、宿営予定地と一般道をつなぐ取り付け道路の工事現場で、視察に訪れた佐藤隊長に会い、歓迎の意とともに警護提供の方針を伝えた。

(01/28 23:37)

URL:http://www2.asahi.com/special/jieitai/TKY200401280368.html



画像国際派日本人養成講座 Common Sense: 気は優しくて力持ち 〜自衛隊海外支援奮闘記  H19.06.24

《前略》

■8.「日本軍を攻撃したら一族郎党を征伐する」■

 地元民への真心の籠もった支援を行う自衛隊の姿勢は、イラクでもいかんなく発揮された。先遣隊の「ひげの隊長」佐藤正久1佐は族長たちから食事に招待された時は、現地の衣装をまとい、現地の人々と車座になって、右手で食べた。イラク人たちはその姿勢を「我々の伝統文化を尊重してくれる」と非常に喜んだ。[f]

 ある有力な族長は「日本軍を攻撃したら一族郎党を征伐する」という布告を出した。佐藤1佐の帰国時には、別れを惜しむ部族長たちから、族長衣装と「サミュール(同胞)サトウ」というアラブ名まで贈られた。

 さらにサマワ住民約70名のデモ隊が「サマワ市民と自衛隊で安全な街を再建しよう」という垂れ幕を掲げて、自衛隊宿舎まで行進し、佐藤隊長に花束を贈った。

 こうして地元民の心をつかんだ自衛隊は、病院・学校・道路・橋梁などの復旧・整備、医療・給水支援など、黙々と人道復興支援を行い、ますます地元民の信頼と感謝を勝ち得ていった。

■9.「『古きニッポン』の子孫として愛情と倫理に溢れた人々」■

 地元の新聞は、自衛隊の活動をこう評した。[g]

 日本国陸上自衛隊が県内に到着して数週間の内に、サマワの人々は彼らが『古きニッポン』の子孫として、愛情と倫理に溢れた人々であることを見出した。彼らは偉大なる文明を保持するとともに他の国家を尊重し、他国民の家庭や職業に敬意を払う立派な伝統を持っていたのだ。

 軍人は国民を守るために、時には自らの命を投げ出さねばならない。それゆえに、その「愛情と倫理」はどこの国でも道義のお手本として敬せられる。

 細やかな心遣いをしながらも、世界各地で力強い支援を展開する自衛隊は、日本で俗に言う「気は優しくて力持ち」という表現がぴったりである。その姿勢は国際社会に生きる国際派日本人としての立派なお手本と言えよう。
(文責:伊勢雅臣)

URL:http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog502.html

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海自・ソマリアへ!麻生の正論社民の暴論
 3月14日、ついに海上自衛隊の護衛艦がソマリアに向けて出港しました。  それに対して麻生首相は正論を述べ、社民党福島氏はわけのわからぬことをわめいていたようです。 ...続きを見る
ネトウヨのブログ
2009/03/15 14:40

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内 容 ニックネーム/日時
Q・9.11はイスラム教の人たちが起こしたんではないですか?
A・9.11はアメリカの自作自演です

リチャード・コシミズ東京講演会
h ttp://video.google.com/videoplay?docid=-2209111050197074447&hl=en
911はCFRの犯行
h ttp://jp.youtube.com/watch?v=t6gR_ewSRv0



Q・ユダヤ人といえばホロコーストで虐殺されたかわいそうな人たちですよね?
A・ホロコーストは嘘です。ガス室はありません
しかも白人のユダヤ人は「にせユダヤ人」です(本当はハザール人と言う)
彼らは差別を盾にして自分たちの要求を通します
a
2009/03/15 17:46

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