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日本文化が世界化するとき(北京五輪にみる日本のスポーツと文化 最終回)
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作成日時 : 2008/08/30 10:00
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柔術から柔道に、柔道からJUDOに変容するのと同じように、ある競技が世界化・グローバル化してゆく過程で、より広く受け入れられる形に変容していくのは自然な流れでもある。
それは、文化の世界でも同じ。古くはアレキサンダー大王の東征で、伝播したギリシア文化はアジアの古代オリエント文化と融合していったけれど、そこに生まれ土着した文化は当然、ギリシャ文化そのものではなかった。ガンダーラ彫刻によく見られるギリシャ風仏像といった「ヘレニズム」な文化に融合・変容していった。
今や日本のアニメや日本食など日本文化が世界に発信されているけれど、日本文化が世界に広がり、受け入れられていくとき、それが、受け入れられれば、受け入れられるほど、その文化は段々土着化して歪み、変容していくことはほとんど避けられないと考えたほうがいい。
それは、その文化の中に普遍的なものが宿るが故に広がるのであって、見た目はただのスタイル。その奥底にある本質部分が伝わって、残っていくかどうかが大切なこと。
だけど、往々にして日本人は、日本文化がそのままのオリジナルな形で海外に伝わらないといけないと気がすまないように考えているのではないか。それだけ自国の文化に潜在的な誇りを持っているように思える。
お寿司のカルフォルニアロールはまだいいとして、たとえば、フランス人がご飯に甘ダレ醤油をかけて食べることがあったとしたら、潔癖な日本人がそれを見て耐えられるだろうか。
日本文化が世界化してゆくことがあったとしたら、それは日本文化が世界に受け入れられたというより、日本発の文化が世界各国に土着化していくということを意味することになる。
その土着化の過程で、日本文化のより本質的な部分、普遍的な部分がより分けられ残っていくのだろう。日本人自身が、それを自然に受け入れられるようになったとき、日本文化が世界化したといえるのだと思う。
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