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help リーダーに追加 RSS 朝青竜関とダルビッシュ有投手(移民についての雑考 後編)

<<   作成日時 : 2008/08/25 10:00   >>

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人口問題を解決するのに一番いいのは、もちろん日本人が増えることだけど、それが叶わぬ場合は、日本の社会に溶け込んで違和感のない、日本人らしい外国人が来てくれることが望ましい。

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日本の社会の相互信頼性を崩さないような人に来てほしい。だけど現状ではそれくらいの理解のある人はそんなに多くない。それは日本人の期待レベルが高すぎることもあるのかもしれない。

外国出身で日本の伝統に半ば強制的な教育を施される代表的存在として、力士があげられるけれど、たとえば外国出身力士を日本社会として受け入れられるかどうかを考えてみることでこの問題のハードルの高さが垣間見えるように思う。

昨年起こった朝青龍関問題、横綱にあるまじき行為であると叩かれたけれど、異文化を基礎に持つ移民を、今の日本はどこまで受け入れられる準備があるかと問われれば、その範囲は物凄く狭いのではないかと思う。

これは、単純に日本人が狭量なのだというのではなくて、海外との文化的距離がやはりあるということ。地理的距離が近い特亜三国と比較してもそれは明らか。向こうは大陸文化でこっちは島国文化だ、という説明もあるけれど、いずれにせよ距離があることに変わりはない。

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北京五輪日本代表のダルビッシュ有投手が予選のキューバ戦後、自慢のロングヘアをばっさりと切り落とした。周囲は驚くと共にその潔い行動に評判が集まっていた。不甲斐ない結果を恥じて、丸刈りにするなんて、もろに体育会系の行動だけれど、日本人にとっては、ものすごく分かり易いし好感度はぐっとあがる。たぶん日本人的な滅私奉公の姿勢を感じているのだと思う。

日本人の移民に対する感覚が、ダルビッシュ有投手くらいならOK、朝青龍関になるとどうかな、というものであったとしたら、今回の世論調査で見られた結果はかなり強固なものでちょっとやそっとで変わるものではないように思う。時間が必要だろう。

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画像「朝青龍問題」実は「日本相撲協会問題」という真相 2007/08/09

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 朝青龍問題で、日本中が大変な騒ぎになっている。

 いつしか、問題の本質の論議は、すっかり抜け落ちて、「やめさせろ」、「イジメだ」、「かわいそう」、「やりすぎ」などの、無責任な世論が形成されつつある。

 JanJanでもモンゴル外務省の釈明を踏まえて「アジア蔑視」あるいは「日本人の品性」の問題として、朝青龍を擁護するような首を傾げたくなる視点が登場するなどしている。

 このように当の朝青龍を「批判」したり「擁護」したりする「世論」とそこに火に油を注ぐごとき「一部のジャーナリズム」の加熱した報道振りは、本多勝一氏の言を借りて表現すれば、「メダカ社会とジャーナリズム」を彷彿とさせ、それはまた日本社会の民主主義の未成熟という「貧困なる精神」を象徴しているかのように見える。日本人は、こんなレベルの議論で満足して、朝青龍の動向ばかり凝視していいのかと思うのである。事の真相は明確にそんなところには存在しない。

プロローグ 日本における世論形成の一般モデル

 日本人が、社会事件に遭遇した時において、メダカのようになって右往左往しながら、ひとつの世論が形成され、それが収束していくまでの過程をモデル化すれば以下のようになる。

<日本における世論形成の一般モデル>
(1) 事件発生(NHK、民放)→<驚き>
(2) 報道(一般新聞、NHK、民放)→<ひとまずの社会面の記事などへ掲載>
(3) 論評(一般新聞、NHK、民放)→<社説などへの掲載など>
(4) 憶測(スポーツ系日刊紙、週刊誌)→<推測記事の多発化>→
(5) 報道加熱(民放、日刊紙、週刊誌)→<推測記事をエスカレートして放送>
(6) 事件収束(NHK、一般新聞、民放)→<小さく報道>
(7) 報道沈静(報道ほとんどなし)
(8) 報道消滅(材料あっても報道せず)


 何故、このようなことをするかと言えば、世の中が現在どの次元で、この朝青龍事件を捉えているかということを、客観的にチェックしておくためである。

 一般に事件が発生し、一定の世論が形成され、収束に向かい、まったく興味が持たれなくなって、(8)で完全にニュース性が消滅し、ほとんど報道されなくなる。

 現在、07年8月8日、現在、おそらく朝青龍問題は、(4)から(5)に移る過程にある。だからまだ、どんどんと、報道はエスカレートすることが予想されるのである。ちなみに、朝鮮総連と緒形元公安調査庁長官の詐欺事件は、おそらく(6)の事件収束のレベルになると思われる。

 そこで今回は、この世論形成のモデルを頭に置いて、朝青龍事件の本質とは何か。何が問題なのか。その一点に絞って、問題を考察してみようと思う。

1 「朝青龍問題」実は「日本相撲協会問題」

 まず最初に言って置きたいのは、今回の問題の本質は、朝青龍個人の問題というよりは、「日本相撲協会」という古式蒼然たる旧組織の体質の問題だということ。これ以外にないと言ってもよいほどだ。

 もっと言えば、入門から一貫して相撲界の常識をはみ出した行動を取る「朝青龍」という力士に対して直属の上司(師匠)である高砂親方も、相撲協会も、横綱審議会も含めて、まったく抜本的な解決をできないという「ガバナンス(組織統治)の問題」なのである。

 おそらく、日本相撲協会という組織を経営分析すれば、日本社会もっと言えば、日本社会の旧制度(アンシャン・レジューム)を改革できないまま、ズルズルとここまでやってきたのだと思う。

 では、なぜ、ここまで、度重なる「朝青龍」という力士の甘えた行動が許されてきたのか。それは第一に、朝青龍の出世が早く、協会や部屋で行われるはずの、力士教育が、不十分で、朝青龍にしてみれば、どこまでが許され、どこまでが許されないかの境界線が、曖昧のままに、横綱まで昇進してしまったというのが、正直なところだろう。

 それは厳しく言えば、協会の力士教育システムが、現代の力士を指導教育して組織として「統治」できうるレベルに達していないことを物語っていることになる。

 同時にそれは、相撲協会が、大きな時代の変化を受けて、組織を現代日本に適合する組織に脱皮させるための改革を怠ってきたということを如実に物語っていることになる。

 考えてみれば、昔の力士であれば、中学生時分から、相撲部屋に入って、それこそ掃除洗濯からちゃんこ作りまで、徒弟制度のようにして、厳しく仕付けられてきた。相撲というものを体で覚えて行ったのである。それが最近では、小さな頃から、部屋に入って修行する者が居なくなった。ちなみに、去る7月場所前に行われたの新弟子検査では、史上初めて検査を受けた者がゼロという体たらくである。大学出の力士は確かに多い。引退後のことも考えて、親は大学にこだわるのもよく分かる。親もまたなるべく相撲部屋に小さなうちから入れて苦労をさせたくないというのが正直なところだろう。良い意味でも悪い意味でも、戦後の民主主義教育が、相撲界全体に影響を与えているのだ。

 こうなると、協会は、否応なしに海外出身の若者に目を向けざるを得なくなった。最初にやって来たのは、トンガやハワイ勢であったが、トンガはその文化や風習の違いから、相撲界に若者を供給しなくなり、ハワイ勢もまた横綱ふたりを輩出した後は、武蔵丸の引退を最後に、日本の相撲界から姿を消してしまったのである。

 最近の相撲取りで、その躍進振りが目立つのは、何と言っても横綱朝青龍と白鵬に代表されるモンゴル勢である。当初、モンゴル勢のトップリーダーは、旭鷲山であったが、朝青龍は、2003年7月場所で、この大先輩と土俵上でにらみ合い、けんか腰の態度で切れたのか、土俵で相手のマゲを掴んで横綱として史上初の反則負けをした。またこの敗北に怒りの収まらない朝青龍は、先輩旭鷲山の車のサイドミラーを引きちぎる騒ぎを起こし、この時には、高砂親方が、修理代を弁償し、謝って事なきを得たこともあった。

 更には酒癖が悪く、酔って、部屋の玄関が深夜開いていないことに腹を立ててこれを破壊するという騒動もあった。また相撲総見の場で、新米力士を散々に土俵に叩きつけるなどして、休場に追い込むなど、横綱審議委員会の再三再四のクレームにも、協会側もまた親方も抜本的な対策や指導を施すことなく、言わば横綱という立場故にか、見逃してきたことが、積もり積もって今回のようなことに発展したことは、誰の目にも異論のないことであろう。

 それに今回の問題以前に、相撲界には、週刊現代の報道に端を発した朝青龍に絡む八百長疑惑裁判という爆弾を抱えていることも忘れてはならない。またその伏線としては、旭鷲山の突然の引退がある。この唐突な引退劇は、実は暴力団絡みの金銭トラブルがあったというもっぱらの噂がある。旭鷲山は、日本とモンゴルの架け橋となるという信念の下に、早稲田大学の人間科学部の通信教育を受けるなどしていただけに、その唐突な引退はどうもすっきりしないものがある。

 思えば、戦後日本の相撲というものは、NHKのラジオ放送そしてテレビ中継によって、数少ない戦後の日本人娯楽として、人気がでたものである。その中で、名横綱、栃錦や若乃花は「栃若時代」(1958年ー1959年)、それに続く大鵬と柏戸は「柏鵬時代」(1962年―1969年)などと呼ばれ、国民的なスポーツとなって行ったのである。

 しかし昨今、日本人の趣向も変化し、相撲人気は翳りを見せるようになっている。例えば、年六場所のうち、昔は、ほとんど土俵の上に、「満員御礼」という垂れ幕が下がっていたものだが、とんとこの幕が見られなくなった。東京の場所は、まだいいが、地方場所の場合は、ほとんど満員御礼が下がらない。ハイビジョンで見ると一目瞭然であるが、後ろの席はガラガラの状態だ。観客の推移を示す数字があれば、話しは早いが、NHKでも、野球のように、今日の入場者数などは、公表していない。はっきり言って公表するのが恥ずかしいような数字であることは確かなはずだ。

 相撲界は、朝青龍問題以前に、収益構造的な大問題を抱えているのである。単純に言えば、現在の部屋の数や力士の数で、相撲協会に入る全収入を比較してみれば分かることだ。しかしながら、その辺り、相撲界には、極めて不透明で日本的な「相撲茶屋制度」や「タニマチ」と呼ばれる後援者「制度」(?)があって、なかなか、その改革に踏み込めないところがある。

2 朝日新聞の報道から見える相撲界の構図

 2007年7月15日付の朝日新聞にこんな記事が掲載された。

 【白鵬に従う太刀持ちはモンゴルの龍皇、露払いは韓国の春日王。初の外国人力士だけの横綱土俵入りに「いい絵になったんじゃないですか」。白鵬は笑顔だった。(中略)

 今場所は外国人関取が史上最多の19人。一方、場所前の新弟子検査の受検者が初めてゼロに。この日の光景は、外国人力士隆盛の象徴でもある。

 北の湖理事長は「仕方がないよ。外国人だからというのは、もうねえ」という。(中略)

 立浪一門の幕内は大関魁皇を除き、モンゴルの安馬、グルジアの黒海、春日王と外国人ばかり。一門の日本人の入幕がなければ、外国出身力士だけの土俵入りが珍しくなくなりそうだ。

 「史上初なの? どうかなと思うよ。日本人も頑張って欲しいね」。辛口なのは、当の春日王だった。】

 この報道からなにが分かるか。まず第一に、幕内力士の中で、外国人力士がますます増加していること。第二に、日本の若者から相撲界がそっぽを向かれている現実。第三に、北の湖理事長が、他人事のように協会を見ていること。これは実はガバナンスの欠如を象徴するものである。第四に、外国人力士も、日本人力士の退潮振りに、少々呆れていること、などである。

 私は、既に相撲界が、企業体として、危険な状況になって来ているのではないかと危惧する。かつて古代ローマは外国人の傭兵たちが増えて、崩壊への道を辿ったと言われる。外国人力士が、将来自分の部屋を持つことに夢を持てるような相撲界なら問題ないが、現在の北の湖理事長の場合は、経営改革をしなければ、協会がおかしくなるという危機感がまったく感じられない。現理事長は、戦後、時津風理事長(双葉山)や二子山理事長(若乃花)自分の代では、何かひとつ経営改革をして、次の代に伝えようという意気込みのようなものがあったと思うが、現理事長には、そのような迫力がまったく感じられないのが気になる。座してローマの衰退の道を辿るのか、と言いたいのだ。

3 結論 「相撲協会の朝青龍隠し」に垣間見える「甘えの構造」と協会の危機的体質

 今回の朝青龍事件は、優勝した朝青龍が、疲労骨折の診断書を協会に提出し、夏の地方巡業を休むということになったにもかかわらず、テレビ報道などで、繰り返し、祖国モンゴルで、あろうことが、疲労骨折で安静の診断書と相反するように走り回り体を倒してのキックなどでゴールを狙う動作をするなど、おそよ診断書とかけ離れた行動を取ったことで、大騒動となったものである。

 そもそも、相撲界において、横綱は神の化身とも考えられ、「心・技・体」を体得した品格ある生活態度が要求される役職である。まして、虚偽とも受けとられかねない浅はかな行動を取ったとしたら、自らでその行動を釈明するのは当然のことである。それが今回の場合は、怪しげな精神科医(?)が登場し、「神経衰弱」などという現在の精神医学では少々古くさ過ぎる症状を明かしたこともあって、報道が過熱したものである。

 精神科医の香山リカさんは、精神医学が、相撲界の隠れ蓑的に使われてしまうのに違和感があるとしていたが、今回は、また相撲協会と親方が、朝青龍という力士のわがままを結果として容認して、自らの言葉で、今回の経緯を一切語らない方向で収束しようとしていることは、土居健郎氏の名著「『甘え』の構造」の日本人が、またゾロ顔を覗かせたなという気がしてならないのである。

 土居氏の甘えの概念は、極めて難しいもので、単なる「甘え」というものではない。それは簡単に言ってしまえば、日本人が閉鎖的な古い組織との繋がりを第一に考えて、非論理的、閉鎖的、私的に判断して、物事に対処してしまうという心的傾向である。

 今回確かに、相撲協会は、またしても、朝青龍という力士である前に、一個の人格であるはずの若者の口を、怪しげな精神科医(実は精神科医ではないという)人物に物事を語らせることによって、臭いものにフタをする態度に終始している。

 そこで私たち市民は、事の本質を、朝青龍の語る何かを語らせず、ただ厳しい謹慎と二場所の休場という罰をもって物事を収束させようとする、相撲協会のガバナンスの欠如をこそ追求しなければならないのである。

関連リンク:
横綱朝青龍を見る
相撲の起源について

(佐藤弘弥)

URL:http://www.news.janjan.jp/culture/0708/0708080514/1.php


画像エースが決意の丸刈り=マー君は思わぬとばっちり〔五輪・野球〕

北京五輪に出場している野球日本代表のエース、ダルビッシュ有(日本ハム)が丸刈りにして周囲を驚かせた。1次リーグ初戦のキューバ戦(13日)に先発したが、不本意な投球で日本は黒星発進。15日のオランダ戦には丸刈り姿で球場に姿を見せた。
 星野仙一監督は16日、オランダ戦前に「(キューバ戦で)ふがいなかったので切りました」と直接言われたことを明かした。「チームのみんなが必死に戦っている姿を見て、申し訳ないと思ったんだろう。似合っている長い髪をバッサリいくんやから」と同監督。雪辱を誓うエースの心意気は指揮官にも十分通じた。
 この行動のとばっちりを受けたのが、代表最年少の「マー君」こと田中将大(楽天)。兄貴分のダルビッシュに「おれもやるからお前もやれ」と半ば「強要」されて丸刈りに。マー君は「僕は道連れにされました」と説明し、星野監督は爆笑したという。(北京時事)
(2008/08/16-18:40)

URL:http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2008081600336


画像朝ズバッ! 星野ジャパン 「これで勝てるの?」 2008/8/21

<テレビウォッチ>『ニュースめくり斬り』で苦しい戦いが続く「星野JAPAN」と丸刈り5人を取り上げた。

昨日(8月20日)の予選リーグ最終戦延長戦の末4−2で米国に敗れた。準決勝進出がすでに決まってはいるものの、「金メダルしかいらない」と豪語していた闘将率いる『星野JAPAN』。みのが「これで勝てるのでしょうかね〜」。

苦戦の始まりは初戦のキューバ戦。ダルビッシュ有投手が4失点で負け投手になったことから。

1勝1敗で迎えたオランダ戦当日、ダルビッシュとマー君こと田中将大投手が丸刈りで登場。スポーツ紙によると「キューバ戦でふがいなかったので」(ダルビッシュ)、「道連れにされた」(マー君)。実は、マー君の場合はミーティングに遅刻した罰が真相とか。

ところがこれで終わらず、2勝1敗で迎えた韓国戦の前には、川崎宗則、阿部慎之助両選手が丸刈り。韓国戦に敗れた翌日にはGG佐藤選手も……。すんなり勝てない中で星野監督が「オレを殺す気か!」。

結局、24人の登録選手中、5人が丸刈りで「丸刈り率」は2割8厘。ここでみのが「これで果たして勝ってんのかな〜」と。

スポーツニッポン編集局長の宮内正英が「厳しいですね星野ジャパンに。でも、昨日フォーアウトやっちゃった。6回マー君が3アウトにしながら、次打者に1球投げてしまった。あわてて星野監督が『もう終わったじゃないか』と。国際試合で恥ずかしいですね〜」

URL:http://www.j-cast.com/tv/2008/08/21025455.html
 

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
おわりましたねー。
はじめと終わりに、幼児性まる出しの全体主義的統制誇示イベント。
マスゲームというんでしたか。

あの幼児性はどこからくるのでしょうか。
そこんとここそ脱皮してほしかったのにねー。
とっても爛漫な人
2008/08/25 17:32
日本対中国というから見てみれば、中国人同士やってるし。
アメリカ対中国というからみれば、中国人同士やってるし。

採点競技は腹が立つしつまらんので、ほとんど見ていません。ええ
とっても爛漫な人
2008/08/25 17:39
こんばんは。とうとう終わりましたねぇ。開会式・閉会式のマスゲームには辟易した人も多かったと思います。金に糸目をつけぬやり方にロンドン市長は、「お金をばらまかなくても北京のような立派な五輪を開催できる」と言ったとか。世界からも?という目で見られると共に、金満主義と化したオリンピックの在り方に是正の動きが見られることを期待します。
日比野
2008/08/26 00:08

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