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help リーダーに追加 RSS 思考のオーケストラ(縁起のレイヤーが結ぶ世界 その12)

<<   作成日時 : 2008/01/28 10:00   >>

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思考は言語と言葉で構成されるから、言語の種類が沢山あるということは、それだけ思考の類型が沢山あるということを意味してる。

ひとつの物事や結論に対しても、それに到達するための様々なアプローチ方法があるし、解釈ひとつとっても実に色んな考え方が存在する。

同じ音階を鳴らすのに、弦楽器でも、管楽器でも、打楽器ででも表現できるけれど、「ド」なら「ド」で、同じ音階であっても使う楽器によってその音色は異なる。

思考も同じで、同じ概念や結論を示す思考であっても、そのアプローチ方法や表現は異なる。

だから、言語に代表される「思考の類型」は楽器に喩えることができる。

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同じ弦楽器でも、チェロもあればバイオリンもあるように、同じ言語であっても、方言や派生語があったりして、類型言語が沢山ある。

今の世界には千数百とか数千にも及ぶ言語の数があるといわれているから、地球には、それこそオーケストラのように様々な「思考の楽器」が揃ってる。

仮に、人々の思考を、音として聞くことができる人がいるとして、その人が地球の音に耳をすませたとしたら、実にバリエーション豊かな、様々な楽器の音色が聞こえてくるはず。

もしも、地球上にたった一つの言語しかなかったとしたら、意思疎通そのものは簡単になるかもしれないけれど、思考の楽器もひとつだけ。オーケストラにはなり得ない。

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相互理解と画一化は異なるもの。文化文明を画一化するということは、言語文化とそれに沿った思考という楽器を捨てて、単一の楽器だけにしようするのと変わらない。

いくら「新しい中世」の世界ではナショナリズムはいらないからといって、ナショナリズムを否定するのみならず、固有言語や固有文化をも否定したら、個々の楽器を葬り去ることになる。

自分の楽器だけを独奏をさせろといって、そうさせ続けるという意味でのナショナリズムは抑えるべきかもしれないけれど、楽器そのものまでも廃棄するのは行き過ぎ。オーケストラとして様々な音色を奏でることができなくなる損失のほうが遥かに大きいと思うから。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
日比野さま、こんにちは。永らくご無沙汰致しておりました。オーケストラの例え、多くの示唆的要素を含んでおり、含蓄のある例えと感じました。
ご指摘のとおり、今の世界には実に様々な音が存在しておりますが、今のところ不協和音です。この不協和音を嫌って画一化の方向に向かおうとする力が働くのも致し方ない部分はあるものの、やはり「相互理解と画一化は異なるもの」ですね。
相互理解とは最終的に様々な音の組み合わせが「オーケストラ」の如くシンフォナイズされるために必要なことで、画一化とは方向性が全くことなります。
「違えども一体」であることが、人類が最終的に到達すべき状態ではないか感じます。
思えば、近年の「冷戦後」の世界は、そういう一体化に向かうなかでの生みの苦しみではないかと。
実現はまだまだ先になりましょうが、画一化による単音状態でなく、多音によるハーモニーこそが人類が目指すべき方向であり、暗いニュースが多いですが、方向性としてはハーモニーに向かっていると感じております。
ナルト
2008/01/28 11:12
日比野さん、
こんにちは。EUがめざすのはオーケストラ、シナがめざすのはモノトーンのハーモニーのない独唱ということでしょうか?シナの成立が焚書坑儒、漢字と轍の統一だったことが象徴的にそれを表わしています。
マルコおいちゃん
2008/01/28 20:43
ナルト様、こちらこそご無沙汰しておりました。
おっしゃるとおり、世界の思考はまだ不協和音状態です。このシリーズの最終回でも触れていますが、まだまだ世界が地獄の領域から抜け出せず、オーケストラの一員になる気持ちがないように見えます。
それでも先進国を中心にハーモニーをなんとか奏でようとする動きもあることは事実で、それを如何に推進していくかが課題なのだと思います。
ただ、ハーモニーの音が大きくなるにつれ、不協和音も相対的に小さくなってきますから、ある一定のラインを越えたとき、一気にシンフォニーとなって響き渡ってゆくことを希望します。
日比野
2008/01/28 23:02
マルコおいちゃんさん、こんばんは。
まさにそのとおりです。EUは各国の歴史があり、それぞれを十分尊重したうえでの連合を作りうるのだと思います。言語を弾圧しないのがなによりの証拠です。翻ってシナは、民族浄化を伴う極端な同化政策によって、単一色を推し進めています。さきごろRECORD CHINAから中国国内の55の少数民族の130の言語が絶滅の危機にひんしていると配信されています。
モノトーンの曲調であらゆる外部環境の変化に対応できればよいですが、すでに今のシナからして対応できていないのは明らかです。
やはりさまざまな思考の楽器がそろってシンフォニーを奏でられる環境があればこそ、いろんな演奏ができ、時々刻々の外部環境の変化にも対応してゆけるものと考えます。
日比野
2008/01/28 23:11

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